特許権保護の思想
イギリスの水晶宮博覧会で出品した、ライフルで注目されたロビンス&ローレンス社は、バーモント州のウィンザーで工作機械技術開発の中核的存在でした。
この会社の創設者の一人N・ケンダルは、ホイットニー工場の出身者でした。
ちなみに日本技術史研究家の小林達也はこのウィンザーが「アメリカ的製造方式」の普及のセンターとして果たした役割を高く評価しています。
このウィンザーも、コネチカット川によってスプリングフィールドに通じていることは注目されるでしょう。
(現在はコネチカット州ニューヘイブンから北上して、カナダ国境まで州際高速道路91号線が川沿いに走っています)。
またアメリカでは憲法(1787年)に
「科学と有用な技術を振興するために、ある一定の期間を限って著者や発明者に、それぞれの著作物および発見に対して独占権を確保する」(第一条)
・・・と明記しているように、早くから特許権保護の思想があります。
特許局が設立されたのも1790年です。
しかし、その初期の20年間に登録された特許は、77件にすぎなかったのです。