戦後直後のある農民 4
芋の子汁のダシに鶏の肉を使ってやろうというわけです。
そしてその席に村の婦人会長とか部落会長を招待する。
最初のうちは、これは肉が入ってるぞということを知らせていませんから、おいしい、おいしいと食べています。
あとでこのおいしい芋の子汁は、鶏の肉が入っているということを伝えたわけです。
そんなことで嫁さんたち自身で起.」した運動におもしろみを感じるようになり、次々と古い習慣をこわす行動を続けていきました。
旧勢力からの圧迫が加わるということの恐ろしさを知らないということもあったでしょうが、公民館という看板が旧勢力からの攻撃を守るための役割を果たしました。
私は昭和30年代の村の公民館における嫁の解放運動は、女の自覚というものを呼びかけるものであったし、新しい時代の母親を鍛える場所でもあったと思っております。
20歳代、30歳代の農家の若い嫁さんたち・・・
今までは家庭の中の古い古いしきたりで発言力も何も認められてなかった人たちでしたが、昭和30年代に公民館を根拠地にしていい仕事をたくさんやるわけです。
例えばそのころ、村に水道なんてなかったんです。