戦後直後のある農民 2
無報酬で奔走する活動家を評価しないで田んぼを売ったことばかり問題にされ、選挙では落選する例が多い。
このように、私は30年代で借金の恐ろしさを知るわけです。
公民館の活動の中で私は、嫁の問題と次、三男問題を最初に手がけました。
私の住んでいる部落は120戸あるわけですが、20歳代、30歳代の嫁さんたちが集まって嫁の会をつくりました。
かつて地主が小作人に高利の貸し付米を積んだ倉庫を開放した。
まだ今のようにきれいにならない時期でしたが・・・
2坪の部屋に藁のムシロを敷いた会館に、夜、嫁さんだけが集まるという会は村はじまって以来でした。
公民館が主催しましたが、家の方では公民館主催というその看板に押されて出席させたものです。
25~6人ぐらい集まったんですが、誰言うとなく座る席の順序がどうも村の古いしきたりにかかわりがあるようだ、ということに東京から嫁にきた人が気がついたんです。
また、集まってみたところが半分は名前がわからない。
誰それさんの家の嫁だということはわかるけれども、よし子さんなのか、きよ子さんなのか名前がわからないということに気がついた。