戦後直後のある農民
人が30歳代の一番働きざかりのときに、農家の働き手の主人公が無報酬で社会運動をやるということは私に限らずだれでも辛いことで、家族の負担が伴なうものです。
ところが昭和30年代に借金の恐ろしさに気がついて、私は40年代になってからは農協の理事だとか町会議員だとか酪農組合の理事だとかで報酬をもらう立場になりました。
その報酬が40年代のはじめころからよくなってきます。
それ以前、公職は名誉職的な側面があり報酬は低かった。
私が関係するようになった時期からは公職の報酬は比較的よくなり、お金が入ってくるものですから、自分の家族が働いた米代とか牛乳代に手をつけなくても報酬で活動ができる、という立場になりました。
40年代になって私のような立場の人たちで農村運動家といわれる優れた活動をしている人が沢山いるわけですが、議員などの報酬のない人たちは自分の懐金で走り回るから、その分借金をかかえる。
借金を最近になって気がついたら利息も積りかなりの金額になって、それはどうにもならないということで田んぼを売らされてしまう。
そういう人たちが秋田県内の私たちの仲間に何人かいます。